平成14年(ワ)第5266号 著作物展示差止権不存在確認請求事件
原  告  五十嵐 優美子
被  告  名木田 恵 子
 
             答  弁  書
 
                         平成14年4月22日
 
 東京地方裁判所民事第46部D係 御中
 
  〒105-0003 東京都新宿区四谷二丁目4番地 久保ビル9階
向井総合法律事務所
       被告訴訟代理人
弁護士   向  井   千  景
   同
弁護士   坂  井   大  輔
             電 話 03−3356−2850
             FAX 03−3356−2860
 
  〒105-0003 東京都港区西新橋1丁目19番6号
桔梗備前ビル4階 あおぞらみなと法律事務所(送達先)
       被告訴訟代理人
弁護士   伊  東   大  祐
             電 話 03−5510−3301
             FAX 03−5510−3302
 
第1 請求の趣旨に対する答弁
 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
 
第2 請求の原因に対する認否
 1 請求の原因1については,「ストーリー原作者」なる概念が不明であるため,この部分は認否を留保する。その余は認める。
 2 請求の原因2については,別紙目録の表現が晦渋であるため,原告においてその趣旨を明らかにしてから認否する。
 即ち,別紙目録は,@株式会社講談社発行の月刊少女漫画雑誌「なかよし」の昭和50年4月号から昭和54年3月号までに連載された漫画の絵のうち,キャンディを描いたもの,を指しているのか,A掲載誌や連載期間の記載はキャンディというキャラクターを特定する要素であるに過ぎず,当該キャラクターを描いた絵は作成時期や掲載された媒体の如何にかかわらず包含する趣旨であるのか,が不明瞭であるので,この点を明らかにされたい。
 3 請求の原因3は認める。
 4 請求の原因4は不知。
 5 請求の原因5の第1段落は不知。
 同第2段落は認める。
 同第3段落は認めるが,甲第3号証の記載について認める趣旨ではない。
 6 請求の原因6については,著作権法の該当規定が存在することは認めるが,原告が「美術の著作物」の原著作物の所有権者として著作権法45条を援用して原告の差止権を否定する点は争う。
 7 請求の原因7についても,著作権法の該当規定が存在することは認めるが,原告が「美術の著作物」の原著作物の所有権者として著作権法47条を援用して原告の差止権を否定する点は争う。
 8 請求の原因8第1段落の前段は認め,後段は争う。
 同第2・3段落は争う。
 同第4段落も否認ないしは争う。
 9 請求の原因9第1段落中,本展示会が本年7月開催を予定していることは認め,展示会にあわせて発行するカタログ等の準備に必要な期間は不知,被告は差止権を有するため,原告に確認の利益があるとの点は否認ないしは争う。括弧内の事実については全く不知であり,「同調者と思われる人物」との記述は一体何を根拠とするのか釈明を求める。原告の無断行為について問題意識をもっている人々がいることは被告も知っているが,これは被告に同調しているというより,余りに独善的行動に終始している原告に反発している人々という方が正しいと思われる。
 10 請求の原因10は争う。
 
第3 被告の主張
 1 本件漫画に係る権利関係については,平成11年2月25日御庁において言い渡され,平成13年10月25日,最高裁判所において上告棄却の判決によって確定した判決によって,決着がついている。
 当該御庁判決は次のように述べている。
   ・・・本件連載漫画は,絵のみならず,ストーリー展開,人物の台詞や心理描写,コマの構成などの諸要素が不可分一体となった一つの著作物というべきなのであるから,本件連載漫画中の絵という表現の要素のみを取り上げて,それがもっぱら被告五十嵐の創作によるからその部分のみの利用は被告五十嵐の専権に属するということはできない。
   漫画は,言語的表現と絵画的表現が有機的に結合した著作物と説明される(『漫画の著作物の複製権,翻案権の侵害』三村量一・現代裁判法体系26巻427頁)が,本件漫画もまさにそのような著作物である。
 原告が自己の専権に属することを主張しようとした,コマ絵・連載中の口絵・新たに書き起こした絵のいずれの「絵」についても,その上に被告が原著作者の権利を有し,原告の自由にはできないことが確定しているのである。
   このように前訴において作画者の独占的権限は否定されたにもかかわらず,今度は絵画的表現物の現物の所有者という立場を持ち出して原告は本件提訴に及んでいるのであるが,結局のところ原告の主張は,前訴における「絵を描いたのは私」という点を「絵の所有者は私」とすり替えてなした不毛な蒸し返しであることは明白である。
 2 そもそも漫画は上記のような特性を有する著作物であるから,その絵が原告が援用する法条にいう「美術の著作物」に該当するとは言い難い。
 この「美術の著作物」については,「鑑賞に供される性質を有する純粋美術のジャンルに属するもの,もしくはそれと同視しうるもの」とされる(田村義之『著作権法概説』第2版181頁)が,個々の漫画のコマ絵や口絵等の絵は,その形状・色彩等のみによって鑑賞価値があるのではなく,まさに漫画著作物の登場人物を描いているものであり,漫画作品の一部をなし,それを見る者に当該登場人物のキャラクターや当該漫画のストーリー等を想起させるものであるために鑑賞価値が生じているものである。
 換言すれば,漫画の絵の鑑賞価値は作画者による個々の絵の絵画的表現のみによって生じているものではない。
 にもかかわらず,原告は鑑賞価値の源泉である創作行為によるのでなく,物の所有権の発生と源泉としての有体物の作成行為により鑑賞価値を独占しようとしているのであって,創作者としての誇りに欠ける誠に残念な態度であると評せざるを得ない。
 出版その他漫画を巡る実務界においては,諸要素が不可分一体となった漫画という著作物の特性をよく理解して,絵の展示等においてもその鑑賞価値の源泉に関わりのある原作者・作画者双方の許諾を求めるのが通例となっている。
 そして,漫画の絵は,漫画著作物として雑誌連載や単行本の発行という形で世に出すことを目的とし,そのために制作されたもの(ないしは連載雑誌の表紙やグラビアページを飾り,漫画に付随して読者にアピールするために制作されたもの)であって,その漫画の絵を鑑賞用に展示することは,これら本来の目的からみれば「二次使用」であって,他の二次使用行為と同様に,原作者・作画者双方の許諾を得て行われてきたのである。
 原告の主張はこのような漫画の特性にマッチした実務界の慣行にも反し,いたずらに混乱を引き起こすものである。
 3 なお,漫画を「鑑賞に供される性質を有する純粋美術のジャンルに属するもの,もしくはそれと同視しうるもの」とは違ったものであると捉えることは,何ら漫画の価値を損なうものではない。表現が形状・色彩などによるものに凝縮されている美術の著作物の規定を,そのまま漫画に当てはめること自体が誤りである。
 漫画は,写実的な絵画などとは違った大胆に簡略化された表現・コマ割などのストーリーの流れの独特の表現形式・絵と吹き出しによる台詞とが有機的に一体化した訴求力・台詞以外に音響や状況を工夫した形状の文字で表現するなどの,漫画独特の表現世界を持っており,この特色があればこそ,世界に誇るべき日本の一大文化としての漫画という表現世界が成立しているものであって,多くの漫画家はこのような漫画の表現世界に惹かれ,その特色に誇りを持って創作活動を行っているのである。
 にもかかわらず,漫画の表現の一側面である絵画的表現の物理的側面のみを取り出して,「純粋美術」と同じ扱いをし,有体物の所有権を優先させようという発想自体が,むしろ漫画という表現世界を貶めるものである。
 このような表現世界に感銘を受け,漫画の絵を鑑賞するファンの心裡を正しく理解せず,原告のような主張をすることこそが,漫画という表現世界・文化に対する冒涜というべきである。
 4 原告の本件提訴に至る事実経過について
 (1)原告は,@市立小樽美術館という公共機関が行う企画について,A図版への使用について事前に被告に断るようにアドバイスしたにもかかわらず,B被告の代理人弁護士から展示についても許可が必要と法的に誤った主張をされ,C同美術館が丁寧に文書で依頼したが,D被告から無下に断られ,E美術館から被告への打診要請を受けたのでやむなく本訴を提起した,というストーリーを描いている。
 しかしこれは全く事実をゆがめるものであり,本訴提起及びそれに至る経過自体がことさらに被告のイメージを低下させようとする不当な目的によるものである疑いが濃い。
 (2)まず,訴外市立小樽美術館からの許諾願いは,展示会の実施に関わる一切の行為に係るものであり,具体的には,「原告から原画1点を借用して展示すること,併せて宣伝用チラシ・ポスター・パンフレットの印刷物を制作すること」というものであった。
 原告の「図版掲載の承諾を得ることしか考えていなかったのに,展示まで被告からクレームを付けられた」といわんばかりの主張は,事実をことさらにゆがめるものである。
 なお,被告として展示を許諾できないことは,現在に至る紛争の経過を振り返れば明白である。
 許諾をお断りする連絡においても,原告がなした無断使用に関する他の訴訟事件も未解決になっており,最高裁判決後原告がインターネット上に出したコメントもいたずらに被告を傷つけるような調子に終始していた状況であって,事件は未解決であることを説明し,美術館側からは理解を得ている。
 (3)次に,原告が2月26日正式出品依頼を受けた際,被告への再度の打診の要請を美術館から受けたという点は,全く事実を偽るものである。
 美術館の説明によると,真実の経過は次のとおりである。
 まず,美術館側は,同日,原告に「キャンディ・キャンディ以外の作品の出品」を依頼しに行ったのである。
 甲第1号証の依頼文書のどこにも作品名が記載されていないのは,その時点では展示が原告のどの作品になるのか,まだ,未定であったからである。
 しかし,原告は「キャンディ・キャンディ」にこだわり,自分の方から被告に頼んでみるので時間が欲しいと申し出た。
 その際原告は,美術館側に伊東弁護士とのやりとりを文書で書いて出して欲しい,と要求し,美術館側は甲第3号証の文書を作成して渡した,というのである。
 美術館側は,被告から訴訟を提起されたと聞かされるまで,話し合いを行うものと思っていたので,提訴の事実を知って非常に驚き,困惑している。
 無論,原告から被告に対し,話し合いの申し入れなどはいまだに一度もなされていない。
 現在,美術館側の再三の連絡にもかかわらず,原告本人からも代理人弁護士からも何の返事もなく,美術館は展覧会について今後のことが決められずに困惑している。
 また,話し合いのために必要と思って作成して渡した甲第3号証の文書が,訴訟の証拠として提出されたと聞き,星田さんは困惑しておられる。
 (4)このように,被告への打診を美術館が原告に要請した事実などなく,他の作品の出展の依頼がされたのに原告自身がキャンディ・キャンディの出品にこだわり,被告に話をしてみるといって美術館に甲第3号証を出させ,それを証拠として本訴を提起しているのであり,伊東大祐弁護士に連絡を取るように指示したことから始まって,この一連の経過は,被告について,法的根拠もなく原告の活動をことごとく妨害しようとしている人物に仕立て上げるための策略ではないかと思われる。
 
以上