カバヤについて思うこと
 
 
         
 
1998年、6月26日、当時東京地裁において<和解調停中であったわたしのもとに
ある出版社のひとから電話がありました。<暮らしハウス荻窪店>で<キャンディのあめ三種>をみたというのです。
カバヤ食品のもので、マルシーは<いがらしゆみこ>のみ。
わたしは電話を握ったまま、めまいがしそうでした…
4月に大阪の<(株)サンメール>からやはり、マルシー、いがらしゆみこのみの文具数種が発売され、それをわたしは調布の文具展でみずから発見したのです。それもまた<和解中>のことで、わたしと伊東弁護士は仰天すると共に、<サンメール>との対応に追われていたのです。
(またか…・)とショックでした。
しかし、<サンメール>と違って<カバヤ>なら名の知られた企業ではあるし、<キャラクターもの>のお菓子をたくさん作っているので、この件を話せばちゃんとした対応をしてくれるのでは…と期待しました。
 
その期待は、すぐに裏切られました。
7月の初め、伊東弁護士が出張中で、あまり日をおいても、とわたしがカバヤに電話をかけ事情をうかがうことにしました。
電話にでられた川人氏の非礼な対応は忘れられません。
川人氏は「いがらしさんの弁護士から、名木田か伊東から電話はあると聞いている。係争中かもしれないが、著作権はないと判断している。用事があるなら書面をくれ」とのことでした。その後、伊東弁護士が電話をした時も同じ対応で、とりつく島もないありさまで
事情を聞くどころではありませんでした。
その後、川人氏のご所望とおり<内容証明>を送りましたが、なしのつぶてでわたしは
(これが子供の頃食べたカバヤなのか…・)と愕然としました。
 
カバヤからはなんの返事もないまま、<サンメール事件>を大阪で仮処分することにして、
大阪の松村弁護士に<サンメール>と<カバヤ>を御任せする事にしました。
松村弁護士が期限付きで送った<内容証明>にやっと返事がきたのは8月半ばと記憶しています。
 
 
 
 
 
それには、
「カバヤとしては、水木杏子には著作権がない、と認識している」とあり、
「もし、著作権者であると主張するのなら、<証拠>を送ってくれ」と
わたしにとっては失礼極まりない言葉が並んでいました。
松村弁護士はそれに答え、<証拠書面>などを塚本弁護士に送りましたが、それもまた
非礼なことに、なんの返事もなく(<着いたとも>礼ははなく)カバヤがそのように誠意のない会社なのか,塚本弁護士の人格の問題なのかわかりませんが、それもまた、わたしにとって不快な思いが残りました。
<著作者の証拠>といわれますが、<マンガの本>はもていないのか…・??
また、<版元>に聞けば20年前のことも、即時に判明するはずです。
その後、もう一度、また松村弁護士が期限付きの<内容証明>を送ってくれましたが
今度もなしのつぶて。
そのような誠意のない対応が<カバヤ>の見解であると認識しました。
 
その後も<あめ三種>は、東京では各スーパー、千葉、長野、神奈川、関西方面など日本中、あちこちのスーパーで「みつけた」とお知らせが入りカバヤの誠意のなさが浮き彫りにされていきました。
8月、仮処分しようとした<椿山荘のイベント>でもあめの販売は行われたそうです。
 
むろん、そのかんも<カバヤ>からはなんの返事もなく「全くずるいですね!仮処分しましょうか」と大阪で話しもでましたが、個人ではもはや対応の限度を超えていた事などで
<判決>まで待つ方向にきめたのです。
 
11月16日、<証人尋問>が決まりました。
 
その一週間ほど前、あるひとから<浅草橋の(株)タニイ>でキャンディの展示会をしていることを聞きました。あわててその展示会にいった主人からくらい声で電話がかかって
きました。そこでは数え切れないほどの<キャンディグッズ>を展示していたこと、もう
どうしようもないこと……(そこでも<あめ>を配っていたといいます。)
 
わたしは、マスコミに訴える事を、決心しました。
かねてから伊東弁護士に薦められていたのですが、個人的、かつ、くだらない(と、わたしは思う)この争いを広めたら、作品のためにも読者の気持ちにもよくない、とためらいがあったのです。
しかし、もうそう言っていられない事態になった、と思いました。
これまでの事件の<あらまし>をまとめ各新聞社に配りました。
証人尋問の日の朝刊に<キャンディ事件>がとりあげられました。
 
カバヤが、あめの製造を中止したのは,マスコミがとりあげたせいだとわたしは推測しています。特別、誠意があったためではないでしょう。
むろんのこと、その後も何の連絡もなく、12月に入り主人がはじめて塚本弁護士に電話をしました。お答えはあったようですが、だからといって真剣にこの件を考えてくてたことはありません。
 
年が明け、2月25日の判決後も全く同じでした。
水木に著作権が認められたのなら(当然承知していたでしょう)<カバヤ>からなにか反応があるはず…といった私どもの期待もまた、裏切られました。
 
カバヤは、新たに<グッズ担当>にお願いした向井弁護士が連絡するまで、素知らぬふりをし、そのまま逃げるつもりだったのだ、とわたしは判断しています。
<提訴>後も平然と二回も裁判をすっぽかしたその非礼さは、またカバヤの会社としての
態度なのか、塚本弁護士個人の人格の問題なのか、わかりません。
 
今後、もっと真剣な態度でこの問題にののぞんでいただきたい。
わたしは以上のような怒りと哀しみをこめ、カバヤを告発し、謝罪、賠償を要求します。
 
 
 
……………
カバヤ訴訟も2000年1月27日をもって結審しました。
4月27日、判決となります。
カバヤ側の塚本義政弁護士が法廷を二回すっぽかさなかったらもっと早く判決が出ていたかもしれません。
カバヤは(水木には著作権はない)という意見でしたが、争う姿勢ではなく(支払うものを早く払って逃げたい)という姑息な態度に終始しました。
水木としては、カバヤは被害者ぶってはいますが、加害者であり、こちらからの抗議を無視、売り切るまで販売をつづけた行為は、悪意あるものと捕らえています。
そういったカバヤに対し、日本の司法がどのような判断をくだすのか、たいへん興味をもっています。